草笛日記

どんな事でも、好奇心の赴くままのブログです。

思いがけずに、《フーテンのとらさん》の故郷へ・・・

『帝釈天へ連れて行って』と、かねてから、夫に頼んでいたのだが、思わぬ機会が到来した。
何時も、シャンソンへの会に来てくれている友人へのお礼訪問の帰りの寄り道。
秋の午後を、葛飾区柴又帝釈天参道で遊んだ。
日差しは薄く、暑くも無く、寒くも無く、歩きやすい足元で絶好の観光日和。

★フーテン、プータロウ
フーテンの寅さんのフーテン、漢字で書けますか? 
風癲(または瘋癲)と書きます。
風の邪気に当たって頭がおかしくなるのが風癲です。
風と共にさすらうの意味で、定職が無くてぶらぶらしている人間のことです。


                               Googleより

寅さんが、右往左往し、走りぬけ、ヨオッ!と、手を挙げて、得意顔で闊歩した、帝釈天の参道は、思っていたより、ずっと狭い範囲。


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《とらや》のモデルは高木屋さんとのこと。ビールとおでんと、ごぞんじ草団子を頂いて、ちょっとしたさんぽの疲れを癒す。あれ?長年の友人、K氏が、我慢しかねての喫煙姿が入って居る。。。


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この、思いもかけない、観光の切っ掛けをつくってくれた、これも、仕事上での仲間、S氏の作品。
葛飾の写真クラブの展覧会に出品した三枚のうちの一枚。
荒川土手から撮ったという雲の流れと、近代的なビルの並ぶ遠景、何よりも満水の荒川の水面。
畳一畳にも大きく引き伸ばせるという質の良いネガとのこと。

コチラに迫ってくるような雲の流れを、素晴らしいと捕らえた、その感性が彼の持ち物と思うと、嬉しくなる。
心根の優しさと義理堅い几帳面さが伝わる。


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すべて、《作品》はその人の持っている心の根っこから発進するんだとつくづく思う。

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母親が働くということ・・・

ご無沙汰続きで、気になっていた友人から電話。久しぶりの電話で話が弾む。

『あのね、この頃のオトコはどうしてオクサンに弱いんだろう・・』
『ほんとよね』
『嫁が働くから、男の子2歳を、昼間は面倒見ろというのよ・・』
『ええ・・あなたも?やめな!』
『でも、周囲をみると、孫の面倒をみているひとが多いの。断れないのよ』
『体、壊すよ。大変なんだから・・・』

母親が家を出て、外で働く。収入を得てくること。
社会進出などと体裁よく言うが、要するに共稼ぎ、供に稼いでくることに違いは無い。

女性が外に出て、子供を家に置いておくということは、昔よりずっとずっと難しくなっているのが現状。
犯罪の多さばかりか、交通事故も勿論ある。
子供の生活事態が学校だけでなく、お稽古事や塾と広がり、子供一人で行動させるには不安が付きまとう。

一方、その親世代は、不景気と社会構成上、60代で退職、年金も蓄えも豊かな?世代なので、それなりの悠々自適生活へ入っている。望むと望まないと、そうなっている。

そこで・・・二世帯生活が始まる。特に、外で働く娘一家との生活
お互いに補助しあい、経済的にも精神的にも、より、安定した暮らしと成るだろう。

ただ、ここで、ちょっと変な具合が生じている。

昼間、親世代に子供を預け、保育園、幼稚園、塾、お稽古の送り迎えまでさせた挙句、夜はいっせいに引き上げて、若い家庭水入らずの生活に戻る。下手すると、夕食まで、ご馳走になって、団欒と風呂と寝るために、家へ戻る。
一切、親世代への手伝いもしない。多分、感謝もしていないだろう。
孫で、楽しませていると・・・親は孫をかわいがって楽しんでいるだろうぐらいに思っている?
私に言わせると、要するに利用して居るだけではないか

それでも、同居ならば、おじいちゃんおばあちゃんへの親しみと敬愛、孫への責任も自然に生まれて、大家族、三世代同居の、理想的な家庭環境となるかもしれない。
しかし、台所もトイレも玄関さえ別というなら・・・コレはもう、同居人にもならない。

周囲の様相を挙げてみる。

○若夫婦が親の広い家に入り込み、住み込んで、子供が出來る、という昔ながらの形。
 息子でなくて娘一家なら、サザエさんちと同じで、別姓もあり。婿とは限らない。。

○二世帯住宅に改築して同居。トイレ、風呂、台所は別々。
 ローンは親と分担。土地代は・・・親の土地だから、ただ。

○家を別に持ち、比較的近くに住んで、孫を連れて来て、朝早く置いていく。
 夕刻、迎えに行き、あわよくば、夕食もご馳走になって・・・眠り込んだ子供をつれて帰る。

○家は相当、遠いのに、老いた母親が若い家庭に通って、幼稚園に迎えに行き・・・面倒見て・・
 娘なり嫁が帰宅したら・・老いた夫の待つ家に夜遅く、帰る。コレはさすがに週のうち、二、三回。

○親夫婦が、娘のマンションの近くに越して、心置きなく、孫の面倒を見るという徹底ぶり。

外に出ることを知ってしまった最近の女性には子育てはストレスらしい。
だから、親に押し付けるのだろうかと疑いたくなる。

私の仕事柄、【働くお母さんの子供は、決して幸福ではない】と思うことが多い。
コレは事実なのだから仕方ない。落ち着かない。何時も何処か欲求不満。
成長してから、しっぺ返しを受ける事例は、枚挙に暇が無い。
母親とは・・・切ないぐらい子供に求められる存在なのだから。

外で働くために、見返りを求めない老親の愛情と体力に甘えて、社会進出して何になろう!
まずは、自分の家族の面倒を見よ!と言いたい。
親の心身の疲労と犠牲を、いかに推察し、その恩恵に感謝しているだろうか?

老後、人生の黄昏期を、自由にエンジョイしようとする矢先に求められるこの負担!
私は断固反対。断りなさい!と叫びたい。

まさか?老後の介護を期待しての交換条件?
こんなに甘やかされて、豊かに暮らす子供世代が、親孝行をしてくれるとは、信じられない。
彼らは、自分の子供さえ面倒臭いのだもの、役に立たない、老いた親など面倒見るわけが無い!!と、さえ、思う。
今度は、老親を、ホームに入れて、他人に任す。

斯く言う私が・・サザエさん方式を取っていた。(^^ゞ
その代わり、生活費そのほかは、親に全く負担をかけず、改築のローンもしっかり払い続けた。
両親を、安穏な生活のなかで、孫の敬慕に包まれたまま、彼岸に送り届けたという自負が在る。
それは,1人っ子の娘と結婚した夫の、柔らかく勁い意志のおかげだったかと感謝している。

『絶対に、息子さんとお嫁さんに『頼む』『お願いします』という言葉を言わせてから引き受けてね。』
『嬉しげに『ああ、良いわよ』なんて、言ったら、後悔するからね。』と受話器を置いた。

電話の終り際に・・・『きっと、楽しいことも在ると思うのよ。上手くやるからね』と、彼女の優しい言葉。感服してしまう。。。。

そう、彼女の言葉が今朝も私を癒し続けている。


ヘヴンリー・ブルー

天上の藍・・・

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最近、急に、大袈裟なぐらい繁茂し、それこそ、空高く伸びている朝顔を、それも、秋になって見ることが多いですよね。従来の朝顔の、楚々としたはかなげな様子とは違って、いかにも嬉々とした勢いは、どう有ってもアチラ物と想い、西洋朝顔と、密かに名づけておりました。

3年ほど前に、九州の友人から種を分けていただき、ヘブンリー・ブルーという名前だと知りました。
天上の藍・・・・それこそ、この優雅な名前に惹かれてみると、見る目も違って、是非、咲かせようとトライしたのですが・・・
従来の朝顔の様に土に軽くばら撒く・・・発芽せずに失敗。


O-O-18111111 オーシャン


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近くの住宅地の石垣に、まるで、幔幕のように、10m幅で5mほども垂れ下がって咲く青い朝顔があるのを去年気付いて、今夏も待っていました。
なんとなく、色が濃くて、猛々しいほどの勢いが在る。
もし、我家にあったら困るかな?と思うほどの勢い。正直言って、雑草に近い。

名前が違いました。オーシャン・ブルーですって。
その姿どおり、和名は野朝顔


どちらの写真も、ネットから、引っ張って、来ました。

和名にするとなんとも味気ないですが、観る人の感性は同じようです。
それにしても、日本人は、花の名前をえらく卑近に、気軽に命名するみたいね。
誰でも知ってる・・・猫じゃらし、犬ふぐり。・・・へクソ葛なんて、可哀そう。(*^。^*)

薀蓄話・・・2

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もしも、月が無かったら・・・
早朝の番組を、ウトウトしながら観ていました。DISCOVERY CHANNEL。5時。

『もし、月が無かったら・・』
月は地球の衛星ではあるが、その成立には様々な説が有る。他の惑星に在る衛星それぞれ、成り立ち方も、その構成物質も違っているらしい。
とくに、月は、それぞれの惑星にある衛星よりも比率的に大きいという事が特徴との事。

さて、最新の有力な月成り立ち説は・・・惑星としての、後の地球に、他の星が、丁度良い角度で衝突・・・正面衝突ではなく、かといって、かすった程度でもなく・・し、結果、ゆっくりと、いったん、チリジリに粉砕された岩石や粉塵が、それぞれに収束されていって、月となり、地球となって行ったらしい。
核の部分には共通の鉄分が在るということにも、裏付けられるとのこと。

さて、引き合う重力、引力のバランスの良い月がなければ・・
地球の自転軸が無くなり、地球は、きままに自転しながら、フラフラと太陽を廻るだけの星となり、灼熱地獄かと思えば、氷河期に突入したり、潮の干満は不定となり、砂漠と思えば大洪水、・・・という星になり、少なくとも人類は存在し得ない。らしい。

その、丁度の距離を保っているはずの月が・・・おそろしいことに、年々、約、4cmずつ、遠ざかっているとの事。NASAからの月探査機は、月面に反射板を置いてきて、それに、レーザー光線を当て、距離を測定している。その測定によると、昔は、もっと月は地球に近かった筈。古書による皆既月食の記録もそれを、証明しているそうだ。要するに、皆既月食が観測された地域、地帯がずれて来ている・・・

月が遠ざかっている

なれば・・数世紀後、温暖化もさることながら、地球、人類の未来は?
引力のバランスが崩れて、大地を海が覆う日が来る。
それを防ぐために科学者は、海に大きなダムを造り、海の干満のコントロールを。
ある天文学者は、木星の衛星の一つ、エウロパをつれてきて、月の補助をさせてのコントロールを。
それぞれが、未来の危機を乗越えようと、研究しているらしい。

地球が成り立ち、太陽との最適な距離を保ち、月を友とし、生命が、何処かの隕石を経由して、海に育ち、人類が登場・・・
全て全て、偶然がなした業だと、番組は・・科学者は・・締めくくる。

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こうなれば、私は、やはり、それら全てを司った或る存在・・・神の存在に想いが至る・・・
天文物理学者はともかく、青い地球を見た瞬間から、宇宙飛行士の殆どが、神を意識するというから。月の地平線に沈む地球の神々しさ!これらを偶然というなら、偶然とは神業。。

テレビが一億総白痴化を招くと嘆いた評論家が居たが・・
私のような寝転がって居るだけの愚かな者にも、知識だけは与えてくれる・・・(ー_ー)!!

少なくとも、借り物の知識で、薀蓄を楽しませてもらいました。
先日の、シャンソンと宇宙の話のコラボレーションの直後だったから、余計に興味深かったのかもしれない。

シャンソン歌手・・・堀陽子さん



やっと、堀陽子さんのお写真を転載できました・・・ふ~~~つ!
PCのテクニックが、今もって未熟で・・・でも大成功!
ホームページ【シャンソン歌手・堀陽子】から持ってまいりました。

4月のヨコハマ、みなと未来地区、赤レンガ倉庫ホールでのコンサートのお写真です。

素敵でしょ!

お弟子さんであり、ファンであること・・・とても楽しいことです。ヽ(^。^)ノ
たくさんの生徒を指導する事と、歌手としての華を持ち続けることの両立に成功している、稀有な人材とお見受けして敬愛しています。

聖歌隊にはじまり、合唱に慣れ親しんだ青春を過ごして、最後は幼稚園のママさんコーラス。
子離れし、両親との永の別れを機に、改めて、何か歌いたい、でも合唱は、他の方に迷惑が掛かるから無理とあきらめていたのです。
ご近所の友人を介して師事してから、10年が、経ちました。
紆余曲折、右往左往、試行錯誤・・あらゆる思いをしながらも、唄うことの楽しさと、楽曲の持つ、魅力に惹かれて、あっという間の、しかしながら、充実の10年でした。

音楽は人を癒す・・・本当ですね。

楽曲も良いが、なるべく歌詞のある音楽を・・・と、生前、公文式の創設者、公文公さんも、度々、言っていました。
歌詞があれば、もっともっと、癒されます。

『はじめに言葉有りき』は、新約聖書の第一節。

言葉。詩。歌詞。
その意味が、言葉のそれぞれが、立って来て、心にしみ通る時、心の琴線に触れて、人は感動するのだと思います。
その人生や想いと重なり、時空を超えて、その場所に飛んでいくような・・・・

『歌詞を何度も読んで、その言葉を大切に』と、今日も、ご注意を受け、自分の工夫と練習の不足を思い知りながら、お稽古から、帰ってきました。

東急 田園都市線・・・多摩プラーザで

【多摩プラーザ】・・・神奈川、東京にまたがる、新興住宅地のなかの駅。

40年前頃の大開発によって、壮大な関東平野の一角、赤土の関東ロームの上に、忽然と、次々と展開した大ホームタウンが連なる一帯を、東急田園都市線が東西に走っている。その中心的な駅。

駅前で、我が歌の師の、【素敵なシャンソン】と、お弟子さんのご主人の天文学者による【星の話】のコラボに出席。

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コンクリート打ちっぱなしの、洒落たホール。多分60名入れば一杯。
【星の話】は、興味深く、お話し上手な博士なので楽しく拝聴。
歌は、日本の歌が多く、山口百恵の『秋櫻』にはじまり・・・『川の流れのように』がアンコール曲。
黒いベルベットのドレスに星型、月型をくりぬき、周囲をクリスタルビーズやスパンコールで縁取って在る。
シンプルなドレスを、堀陽子さん自身で切り抜き、飾りつけたもの。
クリスマスなどでも拝見するドレスだが、何時見ても素敵。
TPOを心得たセンスの良さにはいつも脱帽。

もっと、明るく、キュートな美人なのだが、、一枚しか撮れなかった。
彼女のオーラがこの写真に出てないのが残念。

途中、ワインと洒落たオードブルなどで、もてなされた。
【多摩プラーザ】という洒落た街にあわせたかと思う・・・
駅前の人並みや雰囲気を見ると・・今や、20年前の、あの、【金曜日の妻たち】のムードは消えて、街としての煩雑さが目に付く。
残念な事だが、せっかくの開発初期の心意気を維持するのは困難なのかもしれない。

電車で行くには不便至極。
アナログの腕時計の針の設定を間違え、鎌倉駅に1時間も前に着き、駅周辺をウロウロと散歩。
鎌倉は異常に混雑。歩けないので勝手知った裏道に入り込み、路地の懐かしさを楽しむ。



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途中見かけた、鎌倉駅の傍の、れすとらん【くすの木】の玄関前に咲く白い花。
エントランスのバーゴラにハンギングされた優雅な姿に、思わず入り込んでの失礼を許されたし。
近寄れば、香りも立ちそうな、南国風の白い花。名前は・・知らない。

薀蓄話し

先日、NHK教育テレビで、言葉小父さんさんが出てくる番組を見ていたら・・・
この番組はお気に入りで、たまたま、ぶつかれば必ず真剣に見入る。
アナウンサーが生まれ故郷の方言の披露をしてくれたり、言語の由来の説明があったりで面白い。

その言葉おじさんが、誰かの質問に答えていた。
面白かったし、覚えておきたいので、此処に、TVから仕入れた薀蓄をひとくさり・・・(ーー;)

『赤い、白い、黒い・・・というのに、何故に紫イ、緑イといわないのか?また、黄色い、茶色い、というのに、赤色イ、白色イといわないのは何故か?』という問い。
このことについては、子供の頃から不思議で私自身、色々、それこそ色々、調べたり、人に訊ねたりしてきた疑問である。
公文公会長にも訊いたが、「そうですねええ・・・嫁(ポルトガルの方)が、訊くのですよ。ナゼ、ムラサキイッテ、イワナイデスカ?ッてね。」と、はぐらかされてしまったことがあり、不完全燃焼のまま。

さて、その言葉おじさんの答えは以下の如し。

そもそも、日本には明確な色についての形容詞は無かった。
光の強弱についてのみであった。
しるし・・・白い
明かし・・・赤い
暗し・・・黒い
淡し・・・青い
と転じたものと思われる。よって、現代においても、イをつけて形容詞になっている。

緑、橙、むらさき などは草木や自然を表す名詞だったから、それに「色」をつけて、緑色、橙色、紫色と色名詞に転じ、「の」をつけて飾り言葉として使われる様になったらしい。紫色の花・・・という具合。

では、黄色い、茶色い、は?(黄色の、茶色の、も使われるが)
黄、茶、と短い音なので、色とイと付けて、黄色い、茶色いに転じたものと思われる。とのこと。
関西の方は、現代でも、黄い~の花、とか、茶あ~のスカート、とか言いますよね。

やっと、納得!。
積年の悩みが吹っ切れた!ヽ(^o^)丿


此処からは私の薀蓄。
光、あわし・・・青い・・未熟な青春
光、明かし・・・朱い・・力溢れる朱夏
光、徴し・・・・・白い・・世事に通じ、落ちついた白秋
光、暗し・・・・・玄い・・静かで厳しい老いの玄冬

・・・・という事?
四季の光の明暗を、人生に重ねるという感性が日本的だと、つくづく思う。

ホタルブクロ・・・アジアンタム・・・生姜



ホタルブクロは、前の教室の庭に雑草まみれで咲いているのを一株頂いて、自宅に移植。
茂りに茂って・・・花瓶に飾れるほど多くなった。
もう直ぐ咲く。。。と、楽しみにしている花。
鎌倉にはやたら見かけるから野生種だと思う。

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アジアンタム。
シダ類だが、昔は高価だったと思う。何故か裏口のガス供給機の傍に自生している。
全部とって鉢植えにした。夏中、半日陰で育てたもの。冬はどうしよう・・
それにしても裏口に取り残された小さな株芽の方がずっと広がって緑も美しい。
余程、最適地と見える。程よい湿気があるのかな?

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生姜。二三軒先の家の裏庭に毎年咲く。
今年も咲いた。
『素晴らしい香り。綺麗な花、!』と、愛でたら、『生姜なのよ』と、微笑んで応えたお顔が思い出される。半年ほど前に、お一人でお住まいだった夫人が、突然、逝ってしまわれた家。
主無きとて花ぞわすれそ・・・お留守の庭に、『おはよう』と挨拶しながら撮った。

同じお庭に在る金木犀の大木を凌駕する香り。
背丈も高く、葉っぱは興趣にかけるが、白は花は蘭に近く、香りが絶大。

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夫は 昨日、体がなまったと言って、スイミングに行った。
体調不良で、水に入るという神経。もう、呆けたのだろうか?
案の定、夕刻には、又、熱が出ている。7度3分。

おなじみのん太。
早くおうちに帰ってきて!!
僕も外にでたいよ~~!


植物も、動物も、環境に適したものが、生き残る。
どの子供にも、無理せず、強制せず、適した環境を与えさえすれば、持てる力を充分に発揮できるのだ。


面白くない、つまらない日

本来なら、10月11日は、市民体育の日。
近くの中学の校庭で実施される、地区合同体育会に、早朝から出席しているはず。

それが・・・
10日夜から風邪気味で、早々に床に就いた夫が、熱が38度3分あるとかで、朝六時ごろ、目覚めた私に、体調の悪化を訴える。
風邪だろうとは思うものの、胃がキリキリ痛むという
彼は癌という持病を持っているから、どうしても悪い事を想像してしまう。
スワとばかりに、いろいろ質問しても不機嫌に答えるだけで埒があかない。何時ものことだが、体調を上手に説明して、コチラの心配の解消なり、判断なりに、協力しようとしない!
『大丈夫だ』という割にはげんなりしている。全く、困った人だ。

根が頑固で、マイペースを貫くというのも、こういう場面では困り者。
まして、科学的、医学的素養にも欠けるくせに、姑の『薬は飲むな』主義が身に染みていて、解熱剤も鎮痛剤も、規定の半分しか飲まない。
効くわけがなく・・・昨夜のブスコバンも、解熱剤も無効のまま今朝を迎えているわけ。栄養ドリンクも飲ませた・・・(-_-;)

常から、痛みに弱いとは知ってはいるが、相当重症にみえる。
悪いほうへと想像が逞しくなる。。自分では何も行動し無いで、ただ、ぐったりと横になって不機嫌な様子を見せる。もう~~~ッ!
救急車を呼ぶより、私の運転で、東海大学病院の救急窓口へ行こうということになる。
その前に、主治医の外科の先生に携帯電話をしたらというアドバイスを無視して、病院に申し込みをして居るが、最近の医療体制の変化か、なかなかスムーズで無い様子。それでも、来院の許可を得る。

『その前に、とにかく、○○先生に電話したら?もっと、早くことが進むのに。盆暮れ、ご挨拶しているのは何のため?』という私の檄に、『もう、起きているかな?』などと、例によっての、他人への気遣いというか気の弱さ!人の良さ!
それでも、遠慮がちに、やっと、電話している・・・
何のためのご挨拶?。主治医?。バカバカバカ!!!と、心で叫ぶ。

挙句、医者曰く、『下血が無いなら、たいしたことではない。胃薬ブスコバンを飲んで、何か解熱剤を飲んで、ポカリスウェットを飲んで、カロリーメイトを食べて、安静にしていなさい。来院の必要は無いよ』とのこと。

この医者は、若いのに、何時も常識的で、信頼出来る。
冷静な常識・・昨夜の私の判断で良かったのだ。
ブスコバンとバファリンで済む事だった。
医者の支えを得て、彼も、納得し、素直にしたがい、又床に就く。

目覚めるやいなやの、心痛や、ポカリやらカロリーメイトやらを、買いに走らされて、
心底、疲れた。カロリーメイトでなくたって、卵お粥で良いはず。
ポカリでなくとも、栄養ドリンクと備蓄の天然水で充分なはず。
それを、医者が言ったから、どうしても、ポカリとカロリーメイトだと言い張る。
バカバカバカ!!と心で叫ぶ。

運動会は欠席。。。昨夜から来ていた娘、午後やってきた息子一家に、夕飯の仕度もしてやれず、お昼寝。
目覚めれば夜7時。皆、もう帰宅して居ない。。。。。夫はソファで猫とのんびりTVで碁の観戦中。
『夕飯、召し上がる?』に『ウン腹へった。熱も6度7分だ』ですって。
今度は、私が熱っぽいが、我慢して、急いで仕度して、食べさせる。
私は、なんとしても、寝込むわけにいかない・・・発表会の虚脱感がいけないのだと自分に言い聞かせる。

このなんともいえない憤懣!
何時だって、こうなんだから!

心配ばかり、かけおって。

猫、のん太と暮らす・・・11

猫と暮らす

猫の正面の顔を写真に撮るのは、結構難しい。特に、この猫は若く、好奇心がまだ強すぎるので、目の前の携帯やカメラに手を出してしまう。携帯のストラップなど、さぞかし魅力的だろうし。

昨日は、一日中、ソファの上でゴロゴロした。猫ではなくて私が・・・だらだらと怠けた。
そうしようと決めたので、化粧もせずにTV三昧。
ミステリードラマなど次々と観ていれば、あっという間に夕刻になる。
いつになく、じっとしている私に、猫は付かず離れず、私の興味を惹こうとする。
遊んで遊んでと、足元にじゃれ付くので、抱き上げようとすれば、嫌がって膝から飛んで降りたりの繰り返し。
好い加減にせよと、力いっぱい抱きしめた後の呆然とした表情を撮る。

猫が、鏡台や、飾り棚や、食卓や、諸々の細かいものが載っている台上を、一つとて落とさずに器用に歩く事は、周知のことだが、のん太は、わざと落とす!
『こらあッ!』とか、『駄目ッ!』とか我々夫婦が叫んで、拾い上げるのが愉快と見えて、あえて、繰り返す。
丁度、幼児が、何回も玩具を落として、大人たちが拾うのを、キャッキャッと喜ぶのと同じ。
一日中を留守にすれば、さぞかし、色々な物が落下しているものと覚悟して、帰宅すると、なんら混乱は無く・・・・帰ってきたの?とばかりに、眠気眼で落ち着いたもの。

今、甘噛みが癖になり、直ぐに足を噛む。
甘噛みとはいえ、やはり痛いから『痛いッ!』と叫ぶと、悪い事をしたとは認識するらしく、叱られないように、遠くへ飛び去ってこっちを伺う・・・
背を丸めて尻尾を立て、臨戦態勢?
一人戦争ごっこの趣?

甘噛みには、化粧水・・・全く無害の天然水・・・を、噴霧して撃退するしかない。獣医から習った躾け法だが。

戦争ごっこといえば、当面の、のん太の大敵は、孫息子の直矢、二年生。
追われてキャアキャア言うから、のん太としては、好敵手どころか若輩者。
そのうえ、大好きなママやパパが、直矢をかわいがるから、なんとしてもやっつけるしかない。
そういうわけで、孫息子が帰る頃には、どこかしらに引っかかれ傷がついている。・・・ま、ほんの一筋だが。

若いペットは、年寄り所帯には、少々負担。
時々、面倒で、疲れさえ覚えるが・・
少ない会話のせめてもの種になることは事実。

猫と暮らし始めて・・・一年半が過ぎようとしている。



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発表会の写真

歌が上手いの下手のといっても、所詮は素人、五十歩百歩。
舞台監督の言う事には、視覚から来る印象が70パーセントを制するという。
指導者堀陽子先生もそのあたりを充分心得ていて、それぞれのメンバーに、一番似合って、その人らしさが出るようにと、気遣いをし、アドバイスをしてくれる。

友人のご主人が撮ってくださった。

いずれ、本職の写真も出来てくるが、何はともあれ、ホットなうちに。
プリントされた写真を、携帯で撮って、パソコンに送って・・という稚拙な方法。
少々ボケていて丁度良い具合・・・かなりアイシャドウを入れても、垂れ目は垂れ目・・(>_<)・・・

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オープニングで、30名全員白い衣装で、オ・シャンゼリゼを歌う。左から五番目の段々ドレス。

第一部、グループで、服部良一のメドレー。二人で蘇州夜曲を歌う。
プライバシーの関係で、相棒は出せないので私を二人にしてみた。こんな感じで歌う。

個人の歌、永遠の絆を歌う。
ライトで光るお腹は愛嬌のうち。ダイエットが完成しないまま当日を迎えた結果。自業自得?
それにしても、サテン生地では、ごまかせない。

エンディングで、白と同じデザインの青いドレス。
花束を持つ堀陽子先生を囲んで、全員でケ・サラを歌う。

ドレスは折々に、インターネットで、準備したもの。
一着、300ドル前後で、たまにはバーゲンも。
白と青で300ドルなら,買わなきゃ損とばかりに購入。
二年後、自分が同じ舞台に立てるかは、神のみぞ知る年代。
なればこそ、持っているもの全部、ひっぱリ出して、楽しむこととする。。。

少女の頃のお姫様ガンボウを満たした夢のような一日?.。(^_-)-☆




コスモスの丘で・・・



夫が、ゴルフに行くとて、早朝、6時に家を出た。ゆっくり、伸び伸びと、朝のTVを楽しんでいたら、なんと、ゴルフ用のバッグが在るではないか。開けて確かめると、プレイ後に着るはずのシャツやらズボンやらが入っている・・・あれ?必要品ではないかな?
携帯で、『忘れていませんか?』と問えば、『江ノ島の入り口を通過中に付き、○○さん家まで、届けてくれ』とのこと。○○さんとは、お迎えに行った仲間の家。辻堂海岸に在る。

大急ぎで、スッピンもそこそこに、カバンを引っさげ、代車で、134号線をひたすら辻堂へ走る。

無事、届けての帰り道、丁度、7時前頃、笛田公園に通りかかる。
笛田公園は我家の裏手の小高い丘の上にある運動公園。
清清しい朝の光の中で、
コスモスが美しい。
頼りなげな風情は昔からのコスモスそのもの。
ピンクと白。原種だろうか・・・
幼い日、おままごとの格好の材料だった、あの、コスモス


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目をやると、近くの生垣の上に、白いお皿の様に張られた、いくつかの蜘蛛の巣。それぞれに朝露を置いて、キラキラと輝きながら・・・彼らは獲物を待っている?

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まるで、人の手がガーデニングしたかのような、コンクリート柱のよもぎ草。
柱に巻きついた防護用?ネットの土に、種を得て、ぐるりと美しく茂った様は、誰にも真似できない、ユニークなガーデニング!

秋の朝!
夫の呆けのおかげで、思いがけず、美しいものたちに出会えた。。。。


今日は教室日

教室日になれば、公文の先生として、しっかり働く。
少々、呆けてきて、曜日を間違えたり、名前を呼び間違えたり、・・・。
一番困るのが、教材の番号をミスすること。
今日の大ミスは、国語のF2とE2の渡し間違え。
『御免ね~~~!難しかった?』と謝ると、『ううん、面白かった!早くFに行きたいよ』と、健気に応えてくれる。生徒は良い子だ。どんなミスも許してくれる。
これこそが、培った教養のなせる業

最近、低学年および幼児が増えているので、手が掛かり、結構、アシスタントさんも大変。
新入会生なら、なおのこと、学習ルールとマナーも仕込まなくては成らないから、これも手が掛かる。
夜になってみると、採点を要する宿題プリントが山に成って残る。
来週は、連休。またまた宿題プリントが山と残る。

一人、新しいアシスタントを捜そう・・・と思ってから6ッヶ月たつ。
代々、全員が生徒のお母さんにお願いしているのだが、なかなか見つからない。
白羽の矢を当てた方からは、『上の子が受験期で・・』と、お断りのお返事。
次の方には、『今月から、派遣社員として働き始めました・・』と、残念そうなお声。
D教材の割り算をすらすらこなす二年生のお母様ならと思ったら、10月から台湾へご転勤。
お子様まで転出してしまう。。残念至極。

今は、時期にあらず?
も少し、待ってみよう。『皆さん、次回は30ッぷん早く来てね』と、今日を締めくくる。
お給料一人分を、皆で分けても良いのだから。

きっと、良い人、素晴らしいアシスタント候補が、ふっと現れる気がする。
だって、【お母さん】が働くには、公文が一番良いのだから。


無事終わりました

ヤット、終わった。
半年間の練習と、発表会にまつわる様々な準備が終わった。
虚脱感とも、満足感とも違う。

ステージの上で歌うことには、緊張が在る。
ゲネプロでは歌詞を間違えて、リズムを外したが、本番は、なんとか無事に歌えた。

明日から、又、日常が戻り、狂ったかのようなお化粧ともおさらばできる。
楽屋風景や、ステージの写真を撮るつもりが、全く、カメラという想念が浮かばなかった。
内外ともに、ご迷惑をかけていたが、なんとか、明日からは、真面目に?生活できそうだ。



大事の前に風邪を引く

今日こそは、二年間の集大成とも言える「シャンソン発表会」の日。二年に一度の大イベント。

この一年間の辛さ・・・人が集まるところ・・・必ず、ゴタゴタが在る。
はからずも、大波小波の中に巻き込まれてしまった。
他人のせいではない。自分の生き方が招いた結果だから、受け止めるしかない。

目立たずに、他人の心の何かに引っかからず、影のように生きるなんてことは、子供の頃から出来かねる性分、その結果は、いわずと知れて、出る杭は叩かれる。
望んで出たわけではない。図らずも振り回されてしまった。

目立たずに過ごす?どうでも良いような存在?
人それぞれに陰陽あって、陰であることに本人が満足ならそれも良い。
熱くも無く、冷たくも無く、淡々と過ごすのが利口な生き方と知っている。
旗色鮮明にせず、曖昧に生きるのが賢いのだろう。
紫苑が咲いている・・

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私には不可能だし、その有り様は私自身なのだから、結局、変えられない。
その波も収まり、会における自分のスタンスが定まって・・・・・精神的な安定が歌の出来上がりにも良い影響を及ぼしたかと、この半月は、穏やかな気分が続いていた。

いよいよ、大詰めに来て、疲れ果てたのかもしれない。
ほっとして、気が緩んだのかもしれない。

風邪を引いてしまった。

葛根湯やら濃い塩水のうがいやらで何とかこの二日間、喉の痛みを押さえ込んで過ごしている。
急に涼しくなった事と、衣装としてのドレスの準備で、着たり脱いだりの裸でうろうろしていた事も障ったに違いない。若かりし頃の、着替え風邪?を思い出す。

さて、本番を控えて、想うこと。

歌いこむということ
を初めて知った。
同じ歌を、此処、半年、嫌になるほど歌ってきた。少々飽きている。
それほど、好きな歌でもなく、「似合っている」という一言の元に、歌わされてきた・・・・ライブでも三回、毎週の練習日にも歌ってきた・・・指導者の悪意を疑うほど歌ってきた。
いまや、無意識でも歌詞が浮かぶ。
不安というものが無い。
どんな場合でも・・・歌える。毎回の出來の上下の幅が狭い。
歌うたびに、歌詞、歌の言葉が立って来て、その時々のイメージどおりに歌える。
ステージの大きさにあわせることが可能になる。

歌いこむということが、やっと、解った。

ということは、実に、大変なエネルギーが、高々、2分20秒に注ぎ込まれるということ。
エネルギーを使い果たして疲れた!大事の前に、風邪を引いてしまった!。

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次に咲くのは、ホトトギスだろうか?


そんなこんなが、全て、私らしい・・・(*^。^*)




秋到来!!

お彼岸を過ぎれば、やはり、涼しい・・・・昨日までは雨模様だったが、今朝は富士山が見える。
いよいよ

いっせいに紅葉化した庭の雑草の群れ。なかなか良い風情。
刈らずに済ませた甲斐があるというもの。ニンマリ。
後は・・・伸びるに任せたピラカンサの紅い実が待ち遠しい。
さすれば、我が庭も美しくなる。


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鈴蘭の実は、すでに色づいている。
鈴蘭も彼岸花も毒を持つ。
今までになく、毒をもつ植物が庭に侵入している。
そのせいか、草をいじると何故か全身痒くなるので、この夏以降、一切、触らない。
蜂、蚊、得体の知れない痒くなる虫、・・・・・が、何時までも元気。

友人は庭弄りの挙句、小さな傷から細菌が入り、手が腫れ上がって抗生物質を飲んでいる。。

夏以降、一切、庭をさわらなったのは正解だったかと、我ながら、怠け主婦を正当化している。
本能が忌避するものには、いかなる理由があろうと、近づかないこと、これはAB型の特性。

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鎌倉山の沿道の草叢は何時までも猛々しい。
常緑樹も、いつになく鬱蒼としている。熱帯雨林めいている。道路管理の枠を超えているから、市役所も手をつかねるだろう。
先日、嫌々ながらも,草刈に参加した町内会館のめぐりに、愛らしい、自生の紫苑を見つけた。
名の知れぬ茶色の綺麗な蝶々が、蜜を吸う・・
残った・・いえ、意識的に、刈り残されたピンク色の秀明菊も、一本、楚々と、秋天に映えてすっくと立つ。

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桜の木だけは紅葉の準備をしつつあるが・・・
週末にかけて、例年より高温という予報。
絶対変だよ。

人類が想っている以上に早く温暖化が進んでいるに違いない。
心して、天に恥じない生き方を選びたいものだと改めて、想う。