草笛日記

どんな事でも、好奇心の赴くままのブログです。

考える暇も無く、時は過ぎていく

シャンソン・・
初めて、自分の人生を踏まえて、歌詞を私バージョンに。


二人で一緒に歩いていこうと 貴方に言われて結婚したけど
甘い生活もつかの間の事 仕事にかこつけて毎日午前様
釣られた魚も餌はほしいのよ 
これが 現実の結婚生活ね

子供が生まれて 息つくまもなく 良かれと思ってずいぶん手をかけた
学校 お稽古 塾のお迎え 思い通りにならず悩んだ事も
人生ってこんなものと 自分に言い聞かせ
涙をこらえて 明日を夢見る

あれこれ悩んで一念発起 希望に溢れてはじめた公文
戸惑いながらも楽しい毎日 生徒の笑顔は私の活力
回りのみんなに支えられながら 
どうにか今日まで歩いてきたわ

あっというまの35年、今では二人の静かな暮らし
貴方は ゴルフ 私はシャンソン これからまだまだ楽しく生きるわ
私の人生、まんざらじゃないわ
考える暇も無く・・・・時は過ぎていく


しかも、どの女性にも・・・「そうそう・・」と思っていただけるような普遍的な言葉にする。
なかなか面白かったけど、やっぱり指導者のお力添えあってこその私バージョンです。

絵手紙は先輩K先生の御作。
いつもはもっとダイナミックでエネルギッシュな作風ですが、この優しげな梅に惹かれました。




img梅


春は直ぐ其処まで来ている・・・

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野良猫捕獲作戦


町内の野良猫を捕獲して、断種、避妊手術をさせる・・・・

ボランテイアの団体も見つかって早速、行動開始・・・ったって、誰も動かない。
関西弁で言うところのイラチの癖が有る私が結局動く。
なんたって、副会長としての責任も有る。

1・捕獲用ケイジの設置場所を決め交渉する。

(要するに、猫が猫が糞が糞がと文句の有る家の庭におきたい)
何たること、具体的なことになると、『最近、見ないから。。。』としり込みするとのこと。
私 『わかった、午後から各家庭を説得してくる』

2・ケイジの中には、焼きたての鶏の胸肉が必要。朝、焼く事。醤油をかけて。
だれも焼かない。大変ナのねえ.
私、『わかった、朝焼いてもって行きます』

3・ケイジの設置場所に一週間前から、猫餌を置いて、猫道を確実なものにしておく。。
わー大変!
私、『わかった、二、三日前から、わが愛猫の餌を置く』

4・猫が暴れるから、ケイジをすっぽり被せる古シーツが必要。
私、『わかった、見つけてくる』電話中にあちらこちらから5枚(古くないけど)見つける

5・捕獲したその夜、町内会館に預かって欲しい・

え~~?聞いて無いよ。会館が臭くなるよ~~。
私・『わかった、町内の防災備品の倉庫の床に置こう』

6・捕獲した猫入りケイジを相模原の病院まで運んで欲しい。
え~~?なんということ、結局、全部こちらがやるわけ?
一匹5000円で請け負ったのではないの?
ボランテイアとして仕事してるんじゃないの?
私・私には出来ない!

もうもう・・・おんぶに抱っこ?
先日の、愛に満ちた動物愛護精神は話ばっかり?
上手いこと言ってサッ。
だから・・・・・みんな大嫌い!

かくして、私の奉仕精神は脆くも消え去る。

Faithfully・・・誠実に

今朝のニュースで、大統領宣誓式での、ほんの言い澱みは、『誠実に』という副詞の置き場所が違っていたせとか?ホワイトハウスで、やり直したという場面が有る。
憲法に、聖書に、正確に誓う・・・国民に誓うという意識のあらわれだろうとのこと。

そのあとの記者会見席で、宣誓式を繰り返したことを引用した、副大統領のジョークにたいして、苦虫を潰したような顔で、背中をそっと、押しやり、なすべき仕事を・・・側近の紹介・・・促す。
ぴくりとも笑わなかった大統領の、『誠実さ』に、改めて敬服した。

そうじゃなくても、あの副大統領は、スピーチするオバマ氏の後ろで、腕組みをして足を広げて立つ。
あまり好ましい姿勢とは言え無い。
『抜きがたい偏見から、有色の上司への衷心からの忠誠心をもてないのではないか?』とさえ思わせる。

この方、近日中に解雇される・・・きっと。

Faithfully
綺麗な言葉。
母は、結婚を前にした私に『誠実であれ・・・、されば、幸福になれる』と、諭しました。その通りでした。
仕事を始めるとき、姑は『商い・・・飽きないに通じる。毎日、同じ時間に開けること。休日は決まった日だけ。どんな小さな取引でも、誰に対しても同じような態度でいること』と諭しました。
『誠実であれ』、『愚直であれ』と理解しました。

Faithfully・・・
今年の年末には『』という漢字が発表されるのを願いたい。

凄く不景気・・・・

なんとなく、不安になった・・・・

鎌倉あたりは、バブル期を機に、そこそこ蓄財している、あるいは、70近くまで会社人間として高給を手にしていた老人家庭が多いので、不景気も深刻には成らないと思っていたが、年が明けて、ジワリと来た。。。

周囲や親族や友人たちの消息や伝聞で、急速に消費意欲が減退したのか。
あるいは、さすがに株価の下落の影響か?
資産株とはいえ、まさしく資産が減少していることは事実だし、不動産の下落は、なんと言っても将来への不安を掻き立てる?。

不要不急の物は買いびかえる。
非消耗品は、正直言って、棄てるほどあるのだから。

親しい中華料理店でさえ、来客数は減ったそうだ。
美容院、エステ、などなど、7割に。というより、来店スパンが長くなっているそうだ。
宝飾、服飾は言うまでも無い。これぞ、半減?

どのお店にも親しみや縁が在るとおもえば、なんとか必要なもの、ほしいものは、其処で買い求めたいと思うものの、そうそう、付き合えない。
辛いものがある。切ないなあ・・・・


今日は、思い立って、午前中、片づけとゴミの収集廃棄を仕事としている青年に、教室まで来てもらい、大きな段ボール箱8個ぶんの紙類、冊子類、本類、と、カセット、CDプレイヤー3個、プリンター一個、コピー機一個、の処分を依頼した。
なんという膨大な無駄遣い!


生活するという事、経営するという事は、同時に、膨大な無駄を繰り返す作業なのだろうか。
無駄のなかに、喜びや楽しみや美しさがあったというなら・・・・これも生きてきた証と受け入れよう。

それにしても・・・戦後の復興以来、常に右肩上がりの経済環境の中で、ついに老後を迎えた私たち世代は、この不景気風に、ひたすら不安を募らせるしかない。

就任演説についての私見

冷静にして沈着。悲壮感さえ漂う。
華やかなイメージの人だったのに、むしろ苦さや渋さを全面に出していた。
作戦だろうか?それならばそれで良い。

アメリカ国民に、覚悟を問うたのだろう。
直面する難関を自覚させ、甘い期待を持たせないようにしたのだろう。
とは評論家の言葉。

ただ確かに、『・・一部の強欲な人・・・それを看過してきた我われの責任・・・』と言う言葉にはぎょっとして眠気が吹っ飛んだ。
確かにそうだよなあ~~~。
つられて踊っていたのは日本も同じだもの。

バルコニーに立ち手をふりながらパレードを観る夫妻の間の微妙な距離!。
過去の大統領夫妻たちの、抱き合ったり、キスしたり、手を握り合ったり・・・がなく、好きなように振る舞い、勝手に手を振り・・・
わざとらしいとさえ思えた過去の、仲良しごっこ、それも旧来の主従?扶養被扶養?見せ掛けのレデイーファースト?めいた不自然さが無い。

それは好ましい景色だった。
この夫婦は、新しい、自立した夫婦の姿を具現している。

夫婦関係が真の意味で、各自の責任のもとに自立しているからこその自由なスタイル。
その意味でも責任の時代が来たのだろう・・・

厳重な警戒のなかとはいえ、車を降りての行進!
演説では押さえられた高揚感を、一気に盛り上げていた・・・・

オバマ大統領・・

かっこ良いですよね。

就任式での演説が、今から、待ち遠しいです。

彼の演説はそのまま、楽曲になるほど、テンポ良く、リズムが有るという。



彼の容姿は、まるで、劇画のようにバランスが良い。

爽快、端正、洒脱・・・しかも、重厚で、威厳が有る

甘さも苦味も・・・渋さまで持っている。

そういうわけで、ありとあらゆる美辞麗句があてはまる・・・・

この、類い希な、美しいアフリカ系アメリカ人が、暗殺の標的にならないことを心から祈りたい。



今夜は眠れそうに無い。
明朝の就任演説をライブで聴きたいから。


クリスチーナの世界

ワイエス「クリスチーナの世界」@MoMA

先日、アンドリューワイエスが死んだ。
ワイエスの世界はなんとなく記憶に鮮明で、死んだと知るなり【荒野の一軒家に這い寄る女性の絵】が直ぐに浮かんだ。

最初に見たとき、不思議な感覚があった・・・何で?何処へ?あの家は?
酷い嘆きの果てに、立つ事も叶わず、倒れたままに目的の家に向かう姿?・・・
謎めいた画面に、芸術家の独断と特殊な感覚と諦めて・・深い意味を探ることを放棄していた。

今朝の日経新聞文化欄のコメント記事によると、
この女性はポリオの犠牲者とのこと。
歩けない。だから這っている。

良く観察すると、不自然な手の質感、曲がり方、動き・・・・なるほど健常者の這う姿と異なる。

画を観る・・・・我ながら、好きな絵なら、結構、しっかり、良く観ていたつもりだったが、自分の観察眼の荒さが情けない。

クリステイーナの手や足を美化することなく、ありのままに描くことが彼女への尊敬の証だとワイエスは語っている。障害をものともせず、貧しくも逞しく生き抜く彼女の姿に感動し、こんなに寡黙で生命力に溢れた絵を描き上げたのだろう。・・・・・・・・盛田隆二(小説家)

こうやって、有能な人のガイドをうけて、あらためて観ることは本当に楽しい。
新しい発見があり、理解が深まる。・・・いつか必ず本物を見よう。NYにあるらしいから。


猫騒動・・・

いつも、御読みくださる皆様、ありがとうございます。
拍手一つで、舞い上がって、連日書きまくってます。(*^_^*)
今日は・・・野良猫のは・な・し

町内に野良猫が繁殖して・・・仔猫がちょろちょろしているかと思うまもなく、町内役員会に、猫の駆逐までは行かないが、少なくとも、母猫の避妊手術、父猫の断種の要求が上がってきた。
費用は・・・・一匹20000円以上。
町内の空き家を住処としているらしい猫の数は10ッぴき近い。
そのうち、5匹を、篤実のお一人が、自費で処置してくださったらしい。
その猫たちは首輪をして居るとのこと。その後、近所の人達のカンパもあったとか。

さて、残る猫の処置・・・・町内会費からは予算的に無理なのか結論が出ないまま半年。

それでも、昨年末、民生委員の耳に入り、ボランテイア団体、【幸せな猫の会】と連絡が取れた。
早速の連絡で、昨日、詳しいお話を伺う。

すなわち、野良猫の通り道に、美味しい肉を吊るしたケイジを置き、捕獲したら、活動を支援している獣医が、安価で手術してくれるとのこと。
全ての経費として、町内から一匹5000円をお支払いする。
術後は、【地域猫】として、その生を地域で、全うさせる・・・・という活動。
鎌倉市からはその団体に対して幾分かの援助金が出るらしい


二月、三月の恋猫の時期を前に、直ぐにも始めて下さる由。
脱走を繰り返す、わが愛猫、食いしん坊、のん太がケイジに引っかからないよう祈る。
首輪があれば直ぐに放してくれるらしいが・・・・

それにしても、大変な仕事。
その愛情と熱意に頭が下がる。
何はさておいても、猫を助けたい・・・の熱く優しい想い。
『もとは人間が悪いのですから・・・』と、その通りだ。
『地域猫として、地域でその生を全うさせてくださいね』

重い言葉だが、野良猫の生は5~6年とのこと。
だからというわけではないが、猫を飼っている私は、これから外猫にも気をつけようと思う。
『これで、餌を上げられるわ・・・今までは罪悪感が有って・・』と白状する猫大好き役員も出たり・・
なんとも和やかな思いに包まれて散会?と思ったら・・・

『でも、糞が困るの・・・・』
『やはり、野良猫駆除は出来ないんですねえ・・』と嘆く役員も居て・・・やれやれ。
人の好悪、価値観は様々であること、あらためて感じた町内役員新年会ではあった。

内緒だけど・・・
そのボランテイアのリーダー、お顔が、なんと、ねこちゃんそっくり!!


もともと猫とか犬とかに似ている人は美人が多いと信じていたから・・・
リーダーは、やはり美人です!

稲村ガ崎から富士を望む・・黒富士


20090116183800004時半ごろ

黒富士を撮らんと、ふと思いついて、買い物の足を稲村ガ崎へ伸ばした。一月十六日。
夕刻、四時半の西の空。江ノ島を従えて、早春の趣さえある富士山。
カメラをすえつけて、沈む太陽をバックに黒く染まる富士を撮ろうという人々の列。

2009011618410000夕陽@

稲村ガ崎公園。
あえて、夕刻のこの景色を目的に集まって来る近所の人も・・イヌを連れ、子供をつれ、老夫婦が・・
2009011618440000.jpg

目当ての黒富士は、ちょっとガスって居て、思うような姿ではない。
諦めて・・・駐車料金を浮かそうと、稲村温泉に入った。良いお湯で、すっかり温泉気分を楽しむ。

駐車場に出た頃は・・・五時半・・・黒い富士が・・・・
134号線を走るライトの向こうに、くっきりと立っていた。

2009011618340000くろふじ@



ありふれた人生・・・・ジェームス三木作詞作曲

シャンソンの先生、堀陽子さんが、最近良く歌っている唄。

ありふれた人生


華やかな才能も ひけらかす学もない
ありふれた街に生まれ ありふれた仕事をして
日常のトラブルに 悩みながら生きてきた
これが人生 私の人生 
どこにでもある ありふれた人生
けれども私には 大事な人生
あなたがいるから 素晴らしい人生


2 憂鬱な駆け引きや 諍いに疲れ果て
幾つかの嘘をつき 挫折感に黙り込む
平凡な出来事に 埋もれた歳月よ
懐かしい人もいる 許せない人もいる
これが人生 私の人生 
どこにでもある ありふれた人生
けれども私には 大事な人生
あなたがいるから 素晴らしい人生             ジェームス三木  作詞作曲



う~~~ん、素晴らしい詞だし、全くだと同感も出来る。
でもさあ、ありふれた人生なんて本当に有るだろうか?
詩の中でも言っているように、一人一人、全く違うそれぞれの大切な人生を「ありふれた」と詠嘆する姿勢が好きでない。

私の中では、ありふれたという言葉がもたらすイメージは・・・「つまらない」と卑下している・・・となる。
ありふれた人生なんか無い。
国語辞典的には、有り触れる・・・そこいらにある、珍しくない・・・の意らしい。
B・G・Mさえ流れれば、誰の人生でも、直ぐに素晴らしいドラマになる。


ましてや、ジェームス三木なんかに、アンタの人生は云々なんていわれたくない。
辛い人生を送らざるを得ない人が歌うなら許す。慰めにもなるだろう・・・
だから、私ごときは、歌わない。歌いたくない。

あえて言いたい。
自分の人生に花を添え、ありふれていないと自覚できる人生にする、しない、は個々人の心がけ次第だと。
精一杯生きれば、断じて、「ありふれた」なんていう気持ちにはならないと思うが。。
だから・・・ついついこの歌の題名を、間違えてしまう、「つまらない人生」と。

この私は、まんざらじゃない人生!に納得し、感謝している・・・

お墓参り・・・

やっと、腰痛から開放されて、遅れに遅れていた墓参りに行った。
どの墓にも、花が供えられて、取り残されているように、淋しげな墓前で陳謝しつつ、慌てて香華を供えお参りをする。全く、勝手な子孫に呆れているだろう・・・

さて、故郷に家代々の墓を持っている人は、いずれ、そこに入るつもりなのだろうか?

どうも、周囲の方を拝見するとソウでは無い方が多いように思う。
この近辺に、なんとか自分らの墓をすでに、用意している様子。

公文公さんも、きっと故郷の高知県に、造り酒屋さんとしての、由緒ある墓地も菩提寺も御持ちと思うが、豊中市、上野の綺麗な墓所に入られている。指導者のお参りしやすいを考慮してだろうか。
親しかった○○先生も、ご主人を、故郷、岡山ではなく、鎌倉、寺分のお寺の墓所にお納めだった。
『子供たちも、お参りに来易いところが一番・・・』と、ご主人のご生前からご用意していた。

さて我家、父は横浜っ子で、墓は横浜に有ったが、何を思ったか、【富士霊園】に、新たに入手して、先祖代々を移した。『朝に夕に富士が仰げるから・・・』と。ところが、在所、御殿場は湿気が多く、霧が出ることもあり、お参りは曇天ばかり。
そのうち、鎌倉の新興住宅地に、娘夫婦・・すなわち私たち夫婦と同居となったとたんに、近くの、円覚寺の末寺に、墓所を見つけて、またも、移した。
そういうわけで、墓参りは楽になり、未亡人になった母は祥月命日には欠かさず通う事が出来た。
今は、すでに、母も入っている・・・・

さて、一昨年まで、ここの墓碑銘は私の実家の名。
一人娘と結婚した夫は気楽に、私の要請があれば、墓参り、墓掃除をして、施餓鬼には参加してくれていた。

ちなみに夫の家の墓所は、東京上野の寛永寺に有る。
群馬県出身の舅姑が、戦後、手に入れた墓所。広くて立派な墓所ではある。
『○○一族みんな入れば良い』と、口癖のように言っていた。
私も其処に入る覚悟で居た。○○家の嫁だから・・・

年月が経ち、其処に、舅姑と続いて入れば、当然、盆暮れ、命日のお参りを心がけていた。
年齢順に入るものと想い定めていたが、主人の弟の妻、義妹が、60歳を前に入ってしまった。
そうなると、気持ちは複雑。
世事に疎く、全てに、まったく、こだわりを持たない夫ですら、『其処には入れない』と言う。
私も、もしかしたら、義妹と夫が同じ墓に?と想像すると辛い。

いろいろ考えた末、鎌倉、山崎の私の実家の墓の碑銘を変えて、我々夫婦も、『いずれ、其処に入ろう・・・さすれば、二つの墓を管理する煩わしさから逃れられる』という結論に達した。

遺る子供たちも助かるだろう。
一石二鳥というもの。
お寺の住職さんも歓迎してくれた。
『お墓の守り手が居なくなるのが一番困る。一人っ子が増えましてね』という。
墓碑銘は【○○家】【☐☐家】と並んで彫られている。

墓談議。
コレって、老境に入った者たちにとっては結構大事な案件。


それにしても、我々世代って偉いなあ・・・親の老後を看て、さて、自分の老後はなんとか自力でと覚悟し、子供たちに負担をかけまいと自らの墓まで用意する・・・・偉いよ!

安さだけで買うな・・

『安さだけで買うな・・』
日本経済新聞、インタビュー記事。
映画【おくりびと】の脚本を書いた小山薫堂氏の言葉。

お金は、ほしいものを手に入れるためだけではなく、応援したい企業や商店、作り手に拍手を送るために使うものです。

異常に安い商品があったら、「何故安いのか」と考える責任がある。
安さの理由を考えて、「気が引ける」なら、買うのをやめたほうが良い。
生産者に圧力をかけて、不当に儲けている人がいないかと。
そうした消費者倫理を義務教育で教え、消費者を育てる。それが経営のあり方を変え、社会がすこしづづ変っていくはず。


スーパーの葱、肉、安いものに群がるから、中国の葱になり、偽装された肉になる。
国産鰻が、安いはずが無い。
賞味期限を守っていたら、無駄なものが大量に出る。

そんな当たり前の、常識的な感性が、いつのまにか無くなっていた。
和菓子も、お酒も、お米も、必ず近所の小売店で買っていたのは、ほんの10年前。いまや、全て、スーパーか生協。
実は不便極まりない。御用聞きが来てくれてこそ、病気の主婦も休めた。

近くのブテイックでは2万近いカシミヤのセーターが、ユニクロでは8千円台で、買える。
3万円以上はするダウンコートが、2万もしないで若者向けの店にある。
これも中国製。
つまり、中国を潤す事に貢献しているのだ
電化製品、ジャパネットばかりでなく、ネット上でも異常に安い。
いったい、本当の値段は何処に有る?

ちょっと、旅行すると、地方の商店街が、寂れていることに気付く。
地元を潤さないで、どうする。
地元が窮すれば、地元の公文教室だっていずれ、窮していく・・・

安ければ良い・・・そうやっているうちに、大切なものを無くす。

近くのレストランを育て支援し、
お取り寄せより、地元の魚屋で最高のものを買い、
良質なセーターを地元ブティックで購入する・・

賢い消費者は もっと、積極的に地元に還元していく時代かもしれない。

茜に染まって・・・富士。

一月十日の富士。

10日の伊豆は晴れるの予想通りに、前日とは変って、朝6時前には晴れ気味。
速く流れる黒雲で、富士の頂上は見えたたり隠れたりを繰り返す。

部屋のベランダから、右手、三津の浦の山々から出る朝陽。
2009011007430000朝陽

左手、その朝陽に映えて薄紅色に染まり始め、ふっと一瞬、顔を出す山頂。

2009011007450000ちらりふじ@

二階のテラスからは全容が。
茜色のたなびく薄雲と、駿河湾に陰を落としながら、流れ寄る黒雲。
何時もとは違う、荒々しい風景。
2009011007550000テラス@

帰路、淡島ホテル経営の長期宿泊型マンションを、見学してから、246を経て、裾野インターから東名に入る。
既に晴天にはなっていたが、山頂は、裾野からも、東名からも見えない。

行く手、北東に、雪をうっすらと被って、その険しい稜線を見せているのは、丹沢山系か?
ビュッフェの画さながら!キュービズムは、単なる、デフォルメではないと思わせる。写実そのもの。
「あれはアルプス?」と愚問を呈するほど、素晴らしい山塊の迫力。

秦野中井インターを出て、134号線に出れば、見慣れた穏やかな春の相模湾。
土曜にしてはスムーズに帰宅出来た。

猫、のん太は、こちらの思惑を外れて、のうのうと、【アラ、帰ってきたの?】といわんばかりの風情。
猫には、過去も未来もないのだろう。

質、粗暴にして・・・

新婚時代が幾分過ぎて後、夫の、竹早小学校(東京学芸大学付属)時代の通信簿の、コメント欄に担任の『質、粗暴・・・』を発見して吃驚。

お見合い以来、實に温厚で無口。慎重なことこの上ない静かなオトコだとばかり思っていたから。

やっぱりねえ・・・と、上のコメントを、つくづくと実感した昨日、一月九日の顛末を。

西伊豆、淡島ホテルで正月の疲れを癒そう。その前に、例年、詣でる箱根神社に寄ろうと言う予定だったが、雨なので、明日の帰路に寄るつもりで、支度する。

朝11時に家を出て、まずは134号線に乗る。海岸道路は空いている。
箱根路の雪を恐れて、東名か、熱海経由で、三島へ出て・・の行程のつもりだった。
だが、明日、土曜日、成人式前、三連休初日、と重なれば、さぞかし混むだろうと、夫は嫌がる。

突如『今日、行けるだけ行く』と言うや、134号線を降り、箱根口へ。
各、表示板には【箱根全山雪。チェーン必要】とあるのに・・・
駅伝ランナーの道、そのままに、ひたすら登っていく。
下りて来る対向車の屋根には10cm近い雪。
しかし、どの車も、チェーンをつけている様子は無い。
前を行く車も、バスも、確かにチェーンはつけていない様子。
大丈夫だね・・・なんて気を緩めてしまった。

さて、駅伝中継で有名な箱根電鉄の踏み切りあたりから・・・積雪。ちらほら天から白いもの。
恵明学園前から・・・・ムムム・・・・?雪が道路わきに積もっている。
最高地点の1kmあたり前からは、ついに、雪道。
停車して、チェーンを装着している車や、諦めて方向変換して帰る車、
様子見で、とどまっている車、10台近い・・・・残念ながら、とても写真を撮る余裕は無かった。

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停車中の車を、抜き去りながら強行突破の夫。
崖にぶつかりそうに、右に左につるつると横にすべる我が車体。
『チェーンは積んでないの?』『あると思ったけど無い』『・・・・』
『対向車が、こっちへ、滑ってこなけりゃ良いが・・』と落ち着いた声。
付いて行くしかないと覚悟して、ハンドルを細かく動かす夫の傍らで黙り込む。夫の運転技術を信じながら・・・口を挟む事だけは我慢。

やっとの思いで、箱根山最高地点という表示を過ぎれば、パッと薄陽まで差してる広い道、雪は解けて濡れているだけ。

一路、芦ノ湖を目指し、湖口から右に折れれば、無事に箱根神社へ到着。
さすがに、箱根神社は人影もなく、社殿に登っての参拝者は三人のみ。
鬱蒼とした境内は、厳かで清らかではあったが・・・本格的な雪が舞い寒い!

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もうもう・・・なんたる無謀にして粗野なる男!
お参りを終えて、一段落するや、急に吐き気が襲ってきた。
緊張が解けて、アドレナリンが出たのだろう・・・

下りの一号線には雪も無く、難なく通過して、西伊豆に入るや路の傍らには菜の花。
夕刻の富士山には黒雲がかかり、風雲急を告げる山容。

明日はきっと、素晴らしい富士山が観られるよと、物静かな夫に戻り、慰めてくれるが、夫の本性を測りかねた一日。
三つ子の魂、百まで・・・・かと

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シャンソンも個人別に、能力別に・・・

例年、4日までにはお参りしていた箱根神社。
今年は腰痛のため、延期していた。
西伊豆の何時ものホテルに、たった、一泊だが、初詣をかねて、今日明日、出かけられるようになった。

残念ながら今日は雨。箱根路は、多分・・雪?
134号線から、ビーチライン、熱函道路、伊豆中央道・・・のコースで行くしかない。
楽譜数枚と、晩秋の頃から読み始めて、了ってない司馬遼太郎の『関が原』を携える。

シャンソン・・・クリスマス・lコンサートに、K氏のお客さんとしていらしていた東京のY先生が、体験レッスンの結果、正式に入会なさるとのお知らせ。バンザイ!!
『お弟子さんのみんながとても楽しそう。堀陽子さんの指導が、とても楽しい』とのこと。何よりのことと嬉しくなる。
個人別、能力別指導に、さてコソと納得し、感心なさったそうだ。

堀陽子さんは、それぞれの生徒の個性が引き立つように指導する。
声に合う、雰囲気に合う、能力にふさわしい、経験にふさわしい楽曲を選定し、、その人らしく歌わせる。

一人一人の、今現在の力量で最上の歌を聴かせるように指導する。

『声の良し悪し、音程の不確かさ、そんなことはどうでも良いのよ。いかに、聴く人の心に伝わるか・・たとえ、一人でも、聴衆の誰かの心に響く歌を歌ってほしい・・・』が、彼女の指導ポリシー。
実は、それが、一番、難しい。それと、唯一、リズムだけはしっかり、正確にと、言われている。

ステージの印象は、七割がたは視覚から来る・・・というから、衣装、髪型、アクセサリーまで、全力でアドヴァイスして、誰一人、見劣りする事の無いように指導し、演出する。
襟のブローチの位置、コサージュの大きさ、まで、気遣ってくれる。

Y先生は、昔、研究大会か何かのパーテイーで、指導者の前で歌ったこともあるという、セミプロ級の腕前とか・・・・
やったぜ、公文の指導者の力量を見せられる。
何をやっても、指導者の能力は高いんだ・・・誇らしい気分。

クリスマス会の堀陽子さん。名歌、『歌い続けて・・』を歌う。
近来、希にみる、圧巻!。
総毛立つような感動が、会場に一杯に広がって・・

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孫に語る戦争体験・・・

小6の孫娘。冬休みの宿題は【戦争の話を訊いて、作文にする】だけという。 ジジとババの戦争話を,沈鬱な表情を浮かべながら聴いている。

1942年・・・ババは、太平洋戦争勃発の年に生まれて・・・戦火に巻き込まれるというウワサを怖れ、横浜市鶴見から栃木県宇都宮市に疎開。
ほんの赤ん坊だったはず。そこで、また、焼け出され、一文無しに。
宇都宮さえ、焼け野原になり、その奥の大田原市に逃れ、三歳で終戦を迎える。
その後、横浜の小学校に入学するまで其処で過ごした。

当時、宇都宮は北関東の農作物の大集散地。米軍は其処を狙った。
B29からの焼夷弾の雨のなか、近くの城山に逃げ込むときに、母の背中に負われながら、防空頭巾の隙間から真っ赤な空を見た・・・という記憶。
大田原は、一面赤土の、何にも無い、のっぱらの町・・・という記憶。
来る日も来る日も、薩摩芋と、豆と、かぼちゃの混じったご飯だった記憶。
縁先の茣蓙に並んだ、乾燥芋や梅干を、隠れて食べた記憶。
病に臥した母の寝床の傍らで、ずっと遊んでいた記憶。

そんなあんなは、實体験の記憶なのか、親戚の誰彼が語ったエピソードへの共感からの錯覚か。
定かではないが、唯一の戦争体験。

1937年生まれのジジは、東京本郷が危険という事で、彼の東京下町大空襲の前年には群馬県、渋川に疎開。東京の学芸大付属という坊ちゃん学校から田舎の小学校に転校して味わった自然の中で遊ぶ楽しさ。
高崎の空が真っ赤になり、『それ、火事だ!』と、消防隊が高崎にかけつけると、まだまだその先の空が真っ赤。やっと、『アレは東京?』と悟り、遠くの紅蓮の空を見やったという、笑えない笑い話。
東京大空襲の夜のこと。

天皇の終戦の詔を、大人に混じって、聴きながら、なんとなく『終わったんだ』と思った事。
周りのオトコ達は泣き、オンナ達は笑ったという記憶。
学校では教科書を墨で真っ黒に塗り潰した記憶。

『戦争は大嫌いだ』と言った、と、かならず書くように孫に指示するジジ。

戦争への感想など、言った事も聴いた事も無い我々夫婦。
孫娘に語りかける言葉の中に、互いに初めて、戦争を批判し案じた。

いままた、イスラエルとパレスチナ。
ガザ地区への爆撃。
いつまで、日本は安穏を保証されて居られるだろうか。
孫息子が徴兵される・・・必ずしも【馬鹿げた話】ではなくなっている。

「良い宿題を出す、良い先生だね。」
「うん、大好き!良い先生だよ~~!」とうららかに答える。

孫バカにつき・・・

年明けて、初めての外出。
午前中は事務局へ打ち合わせ。
局員さん一同様に大きな声で、まずは新年のご挨拶。

DVDの画像がパソに映らなくなっているので、仕方なく出張して、事務局で我が教室のビデオを見る。
私には、極々、普通の風景だが、局員には、初めてだというほど独特らしい。
野村先生のイメージらしくない教室風景だという。
生徒への愛情が人一倍強いという。
多分、表現の差にしか過ぎないだろうが、最近、我ながら、情が深いとは感じている。
良いか悪いか?苦の種になる。

良い良い。これで私はやってきたし・・・

久しぶりの外出から帰宅すれば、冬休み最後とて、訪ねて来た孫たちと昼食。
持ち帰った上等サンドイッチで済ます。
孫娘の宿題、【太平洋戦争のことを、訊いてくること】にジジもババも半ば得意げに、競って、自分の疎開体験を語る。
ジジは、群馬県渋川、ババは栃木県宇都宮。
作文に仕上げねば・・と言いながら、嫁と一緒に興味深く,聴いてくれた。

塾へ行くので孫娘と嫁は帰る、孫息子の方は残るという。

オセロゲーム、将棋、と何度も相手するが疲れる。
飽きもせず挑戦してくるからたまらない。
東海大病院へ耳鼻咽頭科の癌検診を受けて戻ったジジは、お疲れ気味で、いつもの様には孫の相手をしてくれない。

そのうち、台所で見つけたお芋をチンしてくれと言い出して、作ったのが茶巾絞り。
図工の時間に学校で作ったらしい。
チンした芋、皮を剥いてからバターと砂糖をいれて潰す。
サランラップで包んで絞る。
美味しいね~~と、褒め上げて、まずはオトコの台所デヴューを祝す。
なかなか二年生としては器用かも。撮ってみた。

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この孫息子は、程の良い善良な小紳士で、扱いやすいが、こんなに相手想いでは辛かろうと、ババは案じてしまう。
九九も充分言えるのに、友人たちを憚って、決して一番にはならないようにして居るらしい。
嫁は不満らしいが・・・・息子に似ている。
それでも、138cmの身長は、二年生中の最高らしい。

やっと、日常生活に戻る

金平牛蒡と豆鯵と・・久しぶりの料理。腰痛が治ったから。

スーパーで、豆鯵を見つけたので、オリーブ油でから揚げ。
お煮〆を作る予定が腰痛で作れないまま残っていた牛蒡と、京人参で、キンピラを作る。
老眼のせいか、最近は、細かく刻むのが苦手になって、野趣あふれる?キンピラ牛蒡なり。
やはり、牛蒡の香りが少々落ちているかな?お砂糖を一つまみ入れると、艶が出てくる。
売れ残って三割安になっていた稲荷寿司との夕食。

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豆鯵のから揚げは、葉山の日陰茶屋の分店、ラ・マーレの名物。
一皿10ッぴき未満で1500円する・・・得した気分。

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午前中はお掃除のオバサンが来たので、一緒に、そこはかとなくお掃除。
午後からは、暮れ以来の泥縄式の練習をして、四時からシャンソンのレッスンへすっ飛んで行った。練習不足を指摘されず、妙に褒めるというか『そうそうそう・・・後は歌いこんでね』ばかり。
そうなると、かえって不安。

あれ?いつのまにか、腰痛はすっかり解消している。
久しぶりに会う先生や仲間からは、腰痛を7,5kgのメタボ猫のせいにされたけど、年末のプリンター運びのせい。
マイク無しで、大声で歌っていたら、腰に響いたものの、治ってしまった。
歌は心身を癒す・・・

公文と、シャンソンと・・・好きなことをして居るときは元気一杯で、そういえば、大晦日に行った横浜バーニーズでも、試着したり、靴を試したり・・・・痛いのを忘れていた。


ちょっと、家の中でのんびりすると、途端に調子が悪くなる。
我ながら呆れるほどの勝手人間。
夫曰く、『あんたは、忙しくないと、病気になるから、ず~~~っと、そうしていた方が良い』






雑感

腰が痛いことを理由に、だらだらと、テレビ正月。

気のせいか、NHKはじめとして、『日本よ頑張れ!』『日本は素晴らしい』調のコメントや番組が多い・・・
マスコミが不況不況と煽るから・・・との庶民感覚を、ヤット、キャッチしたらしい。
それとも、このムードさえ作られたもの?

契約労働者・・・労働者の三割が契約派遣と聴いて吃驚。
何時の間に日本はそんな状況になってたの?
その昔のニコヨンとか日雇いとか・・・そんなイメージすらあった。。
どうも、今は違うらしいと、うすうす感じては居たが、まさか三割もとは!

働きたい時だけ、職業を転々として、「自分のやりたい事をする」なんていうのは、エリートだけに許されているんだと、みんなが気付く良い機会だと、密かに思っていたのだが反省。
社会の労働構成が様変わりしているんだ・・・!

それにしても、失職したら、故郷に帰り、老親の元で暮らせば良いのになあ。
たとえ狭くても寝る家はあるだろう。食べるぐらいは老親も助けてくれる・・・・
なんでもかんでも、福祉やボランテイアに頼らず、まずは自助努力してほしい。
親は心配しつつ、わが子を待っているに違いない。

たとえ、銀行に勤めていようが安心できない今、息子一家が路頭に迷う事があったら・・・と案じつつ、古家を守っている・・だって、親子六人、充分、住めるんだから。

みのもんた・・・好きではないが今朝、モーニング・ショウで言っていた。
『僕の車は22年間同じ。きちんと整備をすれば、まだまだ乗れる。』
『自動車会社も、乗り換えを前提とした姿勢を変えるべき時だ』
我が意を得たり・・・
ま、2,3台は持っているうちの一台、しかも最上級のベンツだろうとは思うけど。
日本の労働者の4人に1人が自動車産業にかかわっているという事を聴いた事がある・・・
派遣切りもかくありなん。
日本は金本位制にあらず、【自動車本位制】になってしまっていたんだ!

【車】へのかかわり方・・・人生観にも繋がるような気がする。

あけましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今日は二日。湘南地区を走るとあれば、毎年、必ず、箱根駅伝マラソンを楽しむ。
娘の母校が、後一歩で、往路優勝を逃したものの、ニューヒーロー、柏原君の颯爽とした登場に、むしろ、快哉を覚えた。
東洋大学の参加歴史上、初めての快挙。常連や有名校の安定した勝利も良いけど、チャンスは公平に廻ってほしいもの。教育に携わるものとしては、こういう勝利が何より嬉しい。

絵に描いたような海と、冨士山、伝統、母校、絆、と揃えば、日本人の情緒を刺激してやまない年初のイベント。


さて、元旦は、息子一家も娘も集まり、一族?七名が、お取り寄せのお重を囲んだ。
お取り寄せになってしまってから・・・10年ぐらいかな。
それまでは、紅白歌合戦をチラチラ見ながら、遅くまで、煮たり、焼いたり、詰め込んだりと忙しく台所に立っていたが、母を亡くして以来、作る甲斐が無くなったような気分になって以来、お取り寄せ。
デパートに31日の朝、取りに行ったり、夕刻、レストランや日本料理店から届いたり・・・

様々なお節料理のお重を楽しんだが・・というか、味わったが・・・なかなか満足出来るものは少ない。
《ソロソロ・・お節はもう、いいかな?》と想い定めていたところ、近所の小さな日本料理の店がおせち料理のお重を、限定数、売り出すという。
年に二三回は利用している店。【連】はオーナーの板前さんと、上品で小粋な女将さんとの二人でやっている本格的な日本料理店。

ちょっと、お高いとは思ったが、地域の店を育てる意義も見つけて、頼んでみたが正解だった。
美味しくて、量も、充分有って、新鮮なのが何より。
定番の、金とん、かまぼこ、出し巻き、等は一つとて入ってなくて、全て、手をかけたお料理物。
孫どもまで生いきに、「美味しい」を連発する。遠慮がちで口の重い嫁も、何時に無く箸を運ぶ。

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それにしても、毎日がご馳走づくし、むしろ、有り余りすぎ、ダイエットに励むような今日の日本で、お節料理の行く末は、決して、広がるものとは思えない。

それでも、伝統、文化の維持はしたい・・・私の世代までのジレンマに過ぎないだろうか。