2012/06/11

6月11日

あの日・・・
15か月経って・・・もう一度、記憶を手繰りよせてみる。

西伊豆、淡島ホテルへの車中だった。

熱海を過ぎて、【二の宮】駅前に差し掛かった時、
路上の通行人、商店の人々が、外に出て何かを見上げている。

・・あれ?電線が大きく揺れている。

『地震じゃない?』
『でも、あのお婆さん、平気で歩いてるよ』

大きな地震とも気づかず、カーラジオの緊急ニュースも無いまま5分。
梅林を過ぎ、箱根への入り口の三叉路を過ぎ、熱函道路に入る・・・
『アイスを買おう・・・』と、セブンイレブンに停車。
店内がなんとなく乱れていて、店員さんが片付けている。
『さっきの地震、大きかったのですか?』
のんびりと声を掛ければ、店員さんは頷きながらも大仰には言わない。

アイスボックスに頭を下げた途端に
グラ~~~ッツと、大きく揺れ、何とも言えない音が地下から沸き起こってきた。
『ヤダ~~!!地震!!』
自分の声に驚きながらしゃがみこんだのが、二度目の大揺れだったのだろう。

ホテルに着くと、ロビーを兼ねる船着き場で、
『津波警報が出ていますので、しばらくお待ちください』
淡島ホテルは、伊豆の西海岸、小さな島全体が敷地になっている。
海岸から小舟で渡って入館するシステム。

津波・・海を眺めていると、10cmぐらい水位が上がった様子。
まだまだ水位が上がるとの予想、一向に津波警報が解けない。
道路は、あちこち通行止めと言うことで、帰るに帰れない。

居合わせた旅客7人がTV画面を見つめ続けるうちに半日が過ぎた。
続々と流れる大災害の画面に、一同、茫然としたまま、ただ時が流れた。

夜、9時過ぎ、ホテル側は、沼津にある姉妹店【長泉温泉山荘】へバスで誘導。
思いの外の大御馳走など、かえって申し訳ないような丁寧な接待をうけた。
勿論、こちらの旅館にも、当然ながらキャンセルが出たのだろうが。

翌日、東名高速は、沼津以東は通行可能とのこと。早速出発する。
続々とすれ違う大型消防車や自衛隊のトラック、
各ドライブインで、休憩を採るたくさんの制服姿、
物々しさを覚えながら、ひたすら帰路を急いだ。

家の中、多少は、落下物など?と覚悟していたが、何事も無かった。
猫のん太もいつも通り・・・「どこ行ってたの・」と不満げながら・・・

もう、その後は、ただただ、TVを見続けるだけの日々。


この一泊の中、携帯電話は不通。
いずれ繋がるかと・・岩手県一関にお住いの友人にメール。
静岡の息子にメール。鎌倉の嫁にメール。孫娘にメール。
徐々に返信が入り、みんな無事との知らせにホッとしたものだ。


・・・・・・東日本大震災当日の記憶。

我々が、たったこれだけの異変にあたふたしている間にも、
三陸海岸には、悲惨で猛烈な被害が襲いかかっていたのだ。

いまなお、1000体以上の御遺体が見つからないという・・・合掌。







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コメント

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6月11日

まだまだ見つからない方がたが大勢ですね。
あんなにひどいとはまだ分かりませんでした。

食器棚が倒れて大ビニールふくろ一杯の
粉々になった破片を二人で長靴はいて
ゴムの手袋をはめて掃除機も使いました。

その余波でいろいろ調べてやっと
今月いっぱいかかってマンション全体
ひびの入った所をきれいに直して
くれています。

まだ油断なりません。

その節は色々と有難うございました

あれから一年と三ヶ月、原発事故が追い打ちをかけ、復興は生易しいものではないとつくづく感じています。
そうそう、携帯が繋がって二日後に届いた安否メール、、、ラジオだけが情報源だった中、ホントに嬉しかったことを鮮明に覚えています。
デモ、、一関市は岩手県ですからぁ。(^_-)-☆

Re: 6月11日

ずいぶん揺れたのですね。
落ち着くまでには、物心ともに大変でしたでしょう。

ニュースには成っていませんが、北関東もずいぶん被害が大きいです。
友人は、「まだ、家が傾いているの」と笑います。
公的支援金の有無も定かでなく、老後の今、途方に暮れています。
でも、最後は【命あっての・・】と笑い声。

次に備えろと言われても・・どうしたらよいのでしょう。
やっぱり、日々を充実して暮らすことにします。

Re: その節は色々と有難うございました

> デモ、、一関市は岩手県ですからぁ。(^_-)-☆

そうでした!<m(__)m>
地理は苦手中の苦手・・・

復興はままならないようですね。
今日も高台への移住に被災者の声がそろわないとか・・
人それぞれの想いがありますものね。
昔ならお上の一言で嫌もおうも無く従ったでしょうが。

民主主義って、時には、凄く不便で難しいですね。

6月11日

本当に忘れられない一日でしたね。
被害に遭われた方々はいまだに続いている悲しみ
で一杯でしょう。二度と起きて欲しくない事ですが、
東南海地震、富士山の噴火などささやかれ
落ち着きません。
それなのに対策はいまだに何も手がつかず
成り行き任せのずぼらで手をこまねいています。
あの惨状を見たら何をしてもだめの様でと
言い訳をしながら、、、
要するにのんき者なのかしら。

湘南ピースさんへ

コメント、二件、ありがとうございます。
物離れが、もう身に付いていらっしゃるのですね。
羨ましいです。

物欲が抜けないと、遺された家族も困るようですネ。
サイズが合わなくなったドレスや洋服はどんどん差し上げています。
和服は、高価でも、着てくださる方が少ないし・・・亡母の物まで在ります。

仕事をしているので、歌の外に趣味も無いし、旅行もできないし、・・・
着るもの、洋服が大好きなのでついつい増えてしまいます。(;一_一)