2014/09/11

四回目の夏が過ぎて・・・11日


三陸海岸を旅してきました。
《日本人なら、一度は見てくるべき》
震災直後のボランテイアから戻りながら、何も言わない娘。
「どうだったの?」としつこく聴く私へ投げた答えです。
その言葉がずっと気に成っていました。

あれから、腰を痛めての自信喪失、いわゆる「旅」は避けていたのです。
やっと、願いがかない、夏が明けて・・・思い切っての夫とのバス旅行。

【景色と食を愉しみ、三陸鉄道に乗って三陸海岸を行く旅】
観光目的のようなスケジュールに後ろめたさはおぼえたものの、
夫婦二人では当てのない土地をめぐる力は無し、業者に頼るほかありません。

新幹線盛岡駅からバス、北上山地を超えて、宮古に出、海岸線を釜石、大船渡、
陸前高田、気仙沼へと南下して、再び、北上山地を抜けて一関へのコース。
勿論、三陸海岸の絶景と、東北の穏やかな田園風景を十分楽しみました。
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雨降る北山崎から【鵜の巣断崖】を臨む・・・写メにて・・・

でも・・・
何処を走っても必ず、どこかに地震、津波の爪跡は残って居るのです。
快適なホテルも、レストハウスも、整備された道路にも、海岸線にも・・・

そのうえ、ガイドさんが、折々に、場所場所で、津波の怖ろしさと
着々と?なんとか進んできた復興の現状を、誠実に語り続けてくれました。

復興の兆し?
はい、観光施設と、物資の運搬の為の自動車道路は急ピッチで完成です。
むしろ、リニューアルした施設に、ガイドさんも驚くぐらいです。

ガイドさんは、都会から来た観光客を刺激しないように気遣いながらも
はっきりと、経験談や現地の人々の心持を伝え、
被った惨状と、人々の勇気ある行動を語り続けてくれました。

「あれが・・・」と指し示す各町の仮設住宅!・・・TV画面以上に粗末です。
これでは、暑さにも寒さにも耐えられそうも無い。
なにより狭い。二人あてが4,5畳と言います。
そこに、最小の家具と寝具と・・・暮らせるものでしょうか?
プライバシーなど在ったものじゃない!
人間としての尊厳を損ないかねない!
災害直後は、ひとまずということで仕方ないでしょうが、
一年たったら、「もうちょっと人間らしい住まいに立て替えてあげたい。」
為政者・・・仮設住宅を慰問したなら・・・は、そう想わないのでしょうか?


復興というものの
道路工事と宅地の造成ばかりが目だつだけの、津波災害で名前を覚えた各町々。
そこにあるのは、格差と理不尽、哀しさと切なさ、
元気なのは資本主義と商業主義ばかり。
復興が進んでいるのか、進んでいないのか、解りませんでした!

高田松原の濱・・・あの一本松が残っている濱・・に祈祷の場が・・
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メモリアルとして残されたスーパーの残骸。
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私の皮肉れた目には、それらさえ、商業主義の象徴に?・・・

リアス式海岸の細くとがって切り込んだ海岸、背後に迫るのは、急峻な坂を持つ山々、
ほんの狭い狭い濱を前にした小さな集落が、それぞれ孤立してつらなっているのが三陸海岸。
激甚な被害を被った大きな原因は、「どうして、こんな低い土地に住んで?」でしたが、
過去に大被害を受けた経験が在りながら、其処に住まいを定めるしかない理由がありました。

二日目は晴天、ナナカマドの赤い実。
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晴れあがった【浄土が浜】遊覧は船から・・・ウミネコへの餌やりも愉しみました。
仙台、松島より壮大な景色、この地が、かつて海の底だったことに納得しました。

今度は、福島の地に足を運ぼう。
百聞は一見に如かず・・・見てこなくては何も言えないと悟ったからです。



  
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コメント

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旅行記を読ませていただいて
私も三陸海岸へ行ってみようと思いました。
風光明媚な場所ですね。
大自然の猛威の前には人は無力です。
でも復興が進んでいるとのこと少し安心しました。

まりりんごさんへ・・・タイトルなし

> 私も三陸海岸へ行ってみようと思いました。
ぜひ、温泉も多々ありますものね。
交通は便利になっている様子です。
山田線という廃止になったのが一本。
三陸鉄道も、観光客以外、お客さんは少なくて運転手一人のワンマン電車でした。
高校生が乗り込むなり、満員の車内に、眼を丸くしていました。(^u^)
ツアーバス2台分、80人が乗っていたので・・・

四回目の夏が過ぎて・・・11日

矢張り自分の目で見るのが一番です。
私も凄い衝撃でした。
でも個人の力ではどうにも出来ません。
矢張り国の支援が頼りです。
あれだけの寄付や募金はどこへ行ったのでしょうか。
数年間の復興増税も末端の人に届けて欲しいです。

本当に政府のお偉方に仮設住宅で数日体験して
貰いたいです。

湘南ぴーすさんへ・・・ 四回目の夏が過ぎて・・・11日

> あれだけの寄付や募金はどこへ行ったのでしょうか。
ガイドさんが【皆さんのご支援のお陰で】と、何度もいいますから
個人個人に幾分は回ったと想います。ただ・・・額はどうでしょうね?
個人への配分は・・その基準に必ず付きまとう不公平。
でもそれが話題に成っていないということは東北人のつつましい誠実さを視る想いです。