2014/10/17

真間の手児奈

いにしへにありけむ人の倭文幡の帯解き交へて.......(長歌)

我れも見つ人にも告げむ勝鹿の真間の手児名が奥つ城ところ

葛飾の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ


勝鹿・・・かつしか・・現在の葛飾区から千葉、市川市辺を指す
倭文幡・・・しずはた・・貧しい麻織りの
奥つ城ところ・・・おくつき・・・墓所

お仕事仲間からのコメントを頂きました。
オペラ『真間の手児奈』を学生時代にご覧に成ったそうです。
歌詞を覚えていらっしゃるとか・・・・・転載させていただきました。

> 私の心は いつの間にか 水底(みなそこ)深く沈みゆく
> (このあと 手児奈は 海に身を投げて死ぬ)
> 最後の大合唱は
> 時移り 百万年の後までも
> 真間の入り江に寄せ来る波は 手児奈を忍ぶよすがとなりぬ

『入水した直接の理由はあったのでしょうか?』
男性にモテたことが無いわたしの質問に
『いや、ほかにもいろいろ歌があって、その理由が在るのですよ・・』
言われているのは
自分をめぐる壮絶な争いごとに責任をおぼえたとか。
・・・私さえいなければ・・・とか?どうも、今一つ説得力に欠けるけど。
『まあ、勿体ない、愚かしい事!』とは、私の心中の呟き。(*^_^*)
ま、継母にこき使われて疲れ果てたとか諸説いろいろ・・・

この純朴な美しい伝説の田舎娘を賞賛し惜しみつつ
作者 虫麻呂は
上総・・・葛飾よりずっと都会で栄えていた土地・・の珠名娘子という、
上流階級出身の美貌の持ち主、少々、蓮っ葉な女性を配し対比させて、歌います。

金門にし 人来立てば 夜中にも 身は たな知らず 出でてそ逢ひける

金門・・・かなと・・・お金持ちの家
たな知らず・・・全く(自分を)大切にせずに

昔も今も
女性の在り方に変わりは無いようです・・・(^^ゞ

こんな歌の数々を宴会場の上流社会の男たちに披露して
ヤンヤヤンヤの喝さいを受けつつ、
位冠低くとも、歌人として名を挙げていったのでしょうね。

この秋、ホトトギスばかり繁る・・・
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