2016/12/04

義弟・・・2


亡くなった義弟は
立川の昭和公園のそばで、障害者のグループホームを主宰。
「大きな施設を作ると地域住民に反対される。」
「点在させると、むしろ、親切に対処してくださる。」
と、ご近所に感謝しながら、点在させることの不便を乗り越えていました。

年齢や障害の差、種類を考慮しながらのグループ。
なるべく自助努力を促し、自立と自律を指導して・・・。
ご近所の心配もあるだろうと火を使わせられないので、
365日、三食を全部配給。。
重症の方は自宅に同居、24時間見守る態勢に。

事業として軌道に乗り
子供たちが後継者となり、
やっと、西東京市の奥に終の棲家を建てる夢の実現が目の前でした。

宿命的な、様々な事情を従容として受け止め
自らの発案と努力で運命を切り開いた義弟です。

葬儀には、障害児や障害のあるお年寄りが
手話で、車いすで、弔辞を述べ
義弟の死を理解でき無いはずの子供たちが声を上げて泣き、
「おとうさん~~ん」と呼び掛ける・・。
参列者の心からの悲しみの中で
何も、手伝いも出来なかった自分たちの非力を重ねて、
心淋しく帰宅しました。

義弟のことだもの、
闘病二年の猶予の間、私的公的にすべての処理を終えてあるはず。
音楽葬の中で白い花々に囲まれた遺影は、
「兄ちゃん、何も心配いらないからね。」と微笑んでいるようでした。

本郷という良い街に育ち、恵まれた三男坊だった彼の
結婚を機に巡り合ってしまった不運を、幸運に転じた生き様の一端、
どうしても、ここに、紹介したくなりました。

2016120310030000@@@.jpg

穏やかで、勁くて、優しくて、賢くて・・・三兄弟共通の美質、
そのうえ、
背が高くて、ハンサムで、私と同じ午年で・・・
病のDNAだけは、余計な物!残念です。



スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

義弟

素晴らしい義弟様だったのですね。
お悔やみ申し上げます。
千葉の妹の主人も先日心臓病で亡くなりまして
行って来ました。
いつもはらはらしていました。76歳です。
2日泊まったら風邪をひきまして
長引きました。年ですよ。
生きてる間は元気でいたいです。

りんどうさんへ・・義弟

地味でしたがやったことは大きかったんだと改めて思いました。
地域に尽くす・・・私等夫婦など、葬儀も不要と思っています。